植草一秀 野田政権退場が日本を救出する唯一の道だ

正統性なき野田佳彦政権の暴走

 TPP、消費増税、原発再稼働は日本国民にとって、今後の命運を左右する重大問題である。方針決定に際しては、十分な論議を重ねたうえでの国民の決断が不可欠である。ところが、野田佳彦氏はこれらの重大問題を、個人の判断で決してしまおうとの言語道断の姿勢を示している。

 「命もいらず名もいらず、官位も金も求めぬ者は始末に困るものなり。この始末に困る者ならでは、艱難を共にし、国家の大業は為し得られぬ」とは、南洲翁遺訓にある言葉だが、これとは正反対の人間どもが日本の政治を乗っ取ってしまっている。

 何よりもまず、彼らは主権者である国民の信託を受けていない。

 2009年8月総選挙で野田佳彦氏に政権を委ねた国民は一人もいない。マニフェスト選挙とも称された2009年総選挙では、各党が提示した政権公約体系、すなわちマニフェストを比較吟味して主権者国民が清き一票を投じた。

 上記の三つの政策課題のうち、TPPと原発は明示されなかったが、消費増税は最重要の争点だった。民主党は「増税の前にやることがある」として、衆院任期中の消費増税を封印することを主権者国民に約束した。

 増税の前にやるべきこととして掲げられたのが「シロアリ退治」である。「シロアリを退治し、天下り法人をなくし、天下りをなくす。ここから始めなければ、消費税を上げるというのはおかしいんです」と街頭で声を張り上げたのは野田佳彦氏その人だ。

 TPPは単なる関税の撤廃だけでなく、各国の規制や制度を改変する強制力を持つ劇薬である。米国は日本の諸制度をアメリカ化することを目論んでおり、日本政府の安易な対応は、取り返しのつかない事態を招くものである。福島の事故で取り返しのつかない惨状を生み出すなかで原発再稼働を決めるのは、福島事故の再来を容認することに他ならない。

 国民の信託を受けていない野田佳彦内閣がこれ以上の暴走を続けるなら、主権者国民は力ずくでもこの政権を退陣に追い込まねばならない。

少数意見による消費増税案決定

 4月12日、野田佳彦氏と谷垣禎一氏による三度目の党首討論が実施された。野田佳彦氏は消費増税法案を閣議決定したことについて、「民主党内においては、一昨年の秋から検討本部を設けて成案をつくり、素案をまとめ、大綱として閣議決定をして、そして法案提出をしたわけでありまして、丁寧な議論を積み重ねてきたというふうに思います」と述べたものの、「引き続き多くの皆様にご理解をいただけるような、丁寧な説明は続けていきたいというふうに思います」と付け加えた。

 その背景には、消費増税案の決定が、民主的なプロセスを経て行われたものではないという致命的な欠陥が存在する。3月28日未明、民主党の党内意見集約の会合では、最後まで反対意見が噴出した。前原誠司政調会長は「執行部への一任」を提案したが、反対意見多数でこの提案は承認されなかった。当然、多数決採決を実施して党内意見の集約を図るべき局面であったが、前原氏は多数決を採らず、一方的に論議を打ち切り、少数意見をもって民主党成案としたのである。総選挙の際の主権者国民との契約=マニフェストに反し、党内民主主義にも反する消費増税案を党の方針として決定した野田佳彦氏が率いる政党は、この瞬間から「非民主党」に変質した。サギはドジョウを食べて育つというが、ドジョウで生まれた首相はサギに変態を遂げたとも言える。

 党首討論で「丁寧な議論を積み重ねてきた」と主張できても、「民主主義の正当なプロセスに従って決めた」とは言えなかった。だからこそ、「多くの皆様にご理解をいただけるよう、丁寧な説明を続けたい」と言わざるを得なかった。

 菅直人氏がかつて、日本の議会制民主主義は期限を切った独裁制だと嘯いたが、消費増税案は民主的な意思決定プロセスを踏んでいない点に致命的な欠陥を持つ。消費増税案は多数決採決を実施すれば、否決されたはずである。これでは、民主主義を通じる意思決定とは言えない。

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